脳内模写

言葉で描ける考え事の断面。

猫が死んだ

去年、猫が死んだ。

父の実家で飼われていたその猫は、先代の猫が亡くなった後、祖母が当時もう閉まるところだった野菜市場から連れてきた子猫だった。祖母はこれまで飼ってきた猫にオスだったらチビ、メスだったらミーコと名付けていてその猫はミーコだった。祖母と祖父はミーコを飼い始めて数年で老人ホームにいる時間の方が長くなっていた。母は家を空けることが増えた祖父母の留守の間、ミーコの世話と畑の世話をする傍ら、地元を離れた僕にメールでその様子を知らせてくれていた。ミーコは人見知りで母の前に姿を現してはいたが撫でさせることはなく、僕や従兄弟が集まるお盆や年末年始になると、きまってどこかに隠れていた。たまに実家に寄った際、人気の無い時期に祖父母の家を訪れるとミーコは屋根の上や遠くに僕の姿を認めて、すぐにどこかへ隠れてしまった。

ミーコが父の実家で飼われてから、僕が東京へ出てから十年と少し経っていた。正月に母がくれた写真にはふかふかのミーコが映っていたが、先のお盆に実家へ帰省した際、綺麗な三毛猫だったミーコの毛皮はくすんでけばだっていた。例年なら我々や子供達を嫌って隠れるはずのミーコは頼りなさそうに母が座る椅子の下で丸まっていた。僕はとてもやるせない気持ちになってミーコが気掛かりで、皆も気づいていたとは思うが、誰もミーコの話はしなかった。外の日差しと対照に軒下の日陰のコンクリートはとても冷たく、それはサンダル越しにも伝わってきて、椅子の下に丸まっているミーコも寒々しく見えた。

ミーコの毛皮がボロボロなのは恐らくもう自分で毛繕いができなくなっていたからで、あんなに嫌っていたうるさい我々のそばで丸まっていたのはそれだけ心細かったからで、ミーコを可愛がっていた母にそのような説明をした後、背中からお腹から隅々まで温かいタオルで毎晩拭いてあげるようお願いして、僕は東京に戻った。

皆がお盆の帰省を終えて静かになった頃、ミーコは息を引き取ったらしい。母曰く、ミーコは皆に会いたかったのだろうと言う。僕にはそう思えないが、心細かったろうミーコのことを考えるに、最期に母がタオルで拭って世話をしていた時、少しでも子猫の頃のような気持ちで安心できていればいいなと思った。