脳内模写

言葉で描ける考え事の断面。

水の奴隷 前編

これはある国の奴隷のサフルという男の話だ。僕達の常識と彼らの常識は異なるから、話の実態はよく分からないけれども、とりあえずは聞いてみてくれ。

サフルは母国で奴隷として働かされていた。彼の仕事は水運びである。かの国では水が大変貴重な資源で、市民はその使用を厳しく制限されていた。一日に使える水の量は、大人の市民と役人で40ルイン、子供が10ルイン、犬猫畜生が20ルイン、奴隷は持ち主が与える分だけを使えた。貴族は水を自由に使う事ができ、彼らはかの国の言葉で水を持つ者と呼ばれた。水を持たぬ者は明日の水の心配に身を割き、今日の水に感謝していた。

サフル達奴隷は泉から水を汲み、その壺を四半日担ぎ歩いて役人の所まで運んだ。物心ついた時からサフルは水を運んでいた。まだ慣れぬ頃に壺を割ってしまい酷くぶたれたことや、日々の仕事がそれほど苦しくはないことをありありと語ってくれた。サフルは毎日水を運びながら、1ルインの水をグビりと飲める日が来るのを心待ちにしていた。かの国では奴隷に水をやると働かなくなるとまことしやかに囁かれており、サフルたち奴隷には湿った布しか与えられなかった。一日の終わりに与えられるそれを、まずは口に含む。しばらくすると身体に染み渡り疲れが癒えるそうだ。次に身体中をひと拭いする。そうして身体を清潔にするとともに汗を拭き取り、最後に自分の持ち物を丁寧に磨くのだ。服、靴、壺背負い、どれも大切な仕事道具だ。

サフル達は自らの仕事に誇りを持っていた。彼らの運ぶ水が人々を潤しているのだ。ある者は、沢山の水をこぼさず一度に運べることを鼻にかけていた。またある者は、自分が1ルインも汗を流さないことを自慢していた。奴隷暮しも気楽な物であった。一般市民は政治に忙しいし、商人は店の売り上げで頭が持ちきりだ。草木畜生は言葉を持たぬし、水を持つ者と役人はそれぞれ戦争外交と内政に腐心している。かの国での奴隷とは身体の自由と引き換えに心の自由を手に入れた者の事を言う。水の使用はままならぬし他階級の人々に労使されはするが、仕事に心を使われない分、歌うことも絵を書くことも出来た。家族と一緒に暮らすことも出来た。

ある日、サフルはいつもの如く水を運んでいた。その道中で旧知の友とこのような話をした。

「サフルよ、我らの運ぶ水を役人はどうしてると思う。」

「決まっているだろう。人々に配分しているのだ。」

「途中で隠れて水を飲む者がいるとは思わないか?」

「そのようなことがあれば直ぐに誰かが気付くだろう。水が湧く量は皆が知っているから減れば分かる。第一、水を飲めばたちまち汗をかいてしまう。」

「それを確かめたことはあるのか?」

「どうやって確かめられようか。」

サフルは家に帰って妻君にこのことを話した。すると妻君は言った。

「面白いことを言う友達がいて羨ましいわね。私の持ち主は選挙の話しかしないのよ。どうすれば敵方に報いられるかしか考えてはならないみたい。」

「市民も国のためにやっているのさ。仕事にケチをつけてはいけないよ。」

サフルは床に就きながら考えた。もしも初めから役人たちが水を横取りしていたら、彼らは他の人々より多くの汗をかくはずだ。明日、役人に水を渡すときに確かめてみよう。

次の日サフルは五人の役人を見たがいずれも汗はかいていなかった。水を飲まなければ家に持ち帰るしか…、でもどのように?そうだ、帰るときに沢山水を飲み、汗をかき出す前に家に着くならば、その汗を使うことができる。あくる日に友と二人で家の近い役人のあとをつけてみたが、家の中を覗いても役人が汗をかくことは無かった。それから何日か色々な役人を調べたが汗をかく者はいなかった。奴隷が仕事以外に行動することは重罪であったので二人はこれ以上の詮索を止めた。

数年後、サフル達が水の行方の話を忘れた頃に事変は起こった。戦争で多くの人々が死に絶えたのだ。特に役人に至っては殆どがいなくなった。かの国が社会階層を細分化していたことは敵国に知られており、特定の階層に打撃を与える作戦が練られた。そのため国の奥にいて最も守りの手薄な役人が狙われたのだ。役人を失ったかの国の人々は自分たちで水を管理しなければならなくなった。


かの国の人々が目の当たりにした水の実態とは!!?

次回、笑う谷口乞うご期待。