脳内模写

言葉で描ける考え事の断面。

水の奴隷 完結編 破

 遂に伝令が現れた。傷だらけの彼によると、もう守備隊の殆どは敵の手に落ちてしまい、役場まで陥落するのも時間の問題との事であった。役場に残っていた者たちは覚悟を決して入り口の破壊を考えた。だがこれは敵の侵攻妨害と引き換えに、守備隊を見捨てる事になる為、最後まで皆が躊躇した。しかし、伝令は言った。

「我ら守備隊の意志は一つ。貴方達の退路の確保だ。私の命ももう長くは無い。入り口の始末は任せて早く行くのだ。貴方達が生き残ればこの国の人々の文化、知恵、歴史、思いは受け継がれる。我らとてまだ少しは時間を稼げる。早く行くのだ。」

 皆は従った。サフルは妻子を引き車に乗せて逃げた。一行は白い荒野を目指した。役場にあった水や食料、日用品、医薬品は持てるだけ持って行った。

 荒野に着いた一行はまず幾つかの白い小山をくり貫き簡単な家を作った。夜の荒野は想像以上に冷える。まともに野宿をしては凍え死んでしまうのだ。一行は小山の中で身を寄せ合った。水を持つ者、役人、奴隷、身分の差もなく皆が身体を温め合い助け合った。皆が最善を尽くし、生きる為に何をすべきかを考えた。力のある者は自ずから白い小山をくり貫いたし、知識のある者は傷ついた者の手当をした。文字の書ける者はこの様を記録し、奴隷たちは歌や絵で皆を勇気づけた。そして誰もが小山の中で語り合った。

 幾つかの小山に別れてはいたが、話題はどの小山も何故この様な暴動が起こったかについてであった。皆で話し合った結果、政治家が外国商人の情報に惑わされ、そこから市民全体を巻き込んだ暴動に発展したのでは無いかという事であった。勿論矛先は役人である。その為に役人やその家族、そして役場に勤めていた奴隷たちが狙われたのであろう。こう考えれば納得がいくが、一つ腑に落ちない点がある。どうして市民達は外国人の口車に乗ったのであろうか。それ程までに、あったかも分からぬ古い役人の横領疑惑に腹を立てていたのだろうか。しかし配分される水は5ルインも増えていたのだ。それだけ増えていたのに横領があったとして暴動にまで発展するものであろうかと一行は考えた。やはり暴動の動機までは分からなかった。明らかなのはかの国がもう外国人の手に落ちたという事である。最早帰る場所は無い。白い荒野を進んでいくしか無いのだ。

 その頃、旧役場前に暴徒と化した群衆が押し寄せていた。外国兵も一団に混ざり全体を鼓舞していた。我らの憎むべき敵はこの中に立て篭もっているのだぞと。暴徒は次々に岩山へと挑んだが、入り口がどこにあるのかさえ検討が付かなかった。どこも一見するとただの岩肌なのである。そしてもし入り口の場所が分かったとして、簡単に破れるとも思ない。大急ぎで土木作業に長けた者が集められた。政治家によると、役場の向こうには白い荒野が広がっていると言う。その先に逃げられては憎き役人とその眷属どもを討つ事が叶わない。自体は一刻を争った。

 この混乱に乗じて諸外国は一斉にかの国へと雪崩れ込んだ。どの国も資源を狙っていたのだ。かの国では貴重な白い砂が豊富に産出すると云う。この白い砂と水を持つ者による強力な騎兵がかの国の外交を支えていたのだ。どの国も白い砂の産地を抑えたかったのであるが、軍事力と徹底した秘密主義によってかの国の平安は保たれていた。白い砂について知っていたのは役人と水を持つ者たちだけなのであった。政治家ですら実態については知らされて居なかったのである。しかしその徹底した階級分離による秘密政策が仇となり、昨年の事変でかの国は大きな痛手をこうむったのだ。商人として侵入した外国の内通者はかの国の社会構造を本国に知らせ、その弱点を突いて来たのであった。

 どうやら役場から白い砂がもたらされると言う事を察知した外国はその急所を突いたのだ。騎兵隊の隙を縫ってかの国に侵入し、終ぞ役場にまで到達したのである。しかしそのまま籠城しては攻め滅ぼされてしまう為、急襲ののちに撤退したのだ。後は痛手を被ったかの国に内乱を起こし、その機に乗じて一気に諸国で攻め落とすという運びであった。徹底した秘密主義が仇となり、内部で生まれた疑惑からかの国の安定は崩れた。そこへ外国兵は圧政からの解放軍を名乗り、市民に決起を促した。かの国の資源の独占を許すなと言う大義名分を与えて市民自らの手でかの国を滅ぼすよう仕向けたのである。

 一夜が明け、サフルたち難民も、暴徒も、外国兵も一様に朝を迎えた。サフルたちの一行の中には懸命の介抱にも関わらず既に命を落とした者が何名かいた。暴徒と外国兵たちといえば未だ役場の入り口を開く事が出来ずにいた。一日は始まったばかりである。