脳内模写

言葉で描ける考え事の断面。

水の奴隷 完結編 序

サフルがタムリの家に着いて目にしたのは彼の遺体だった。遺体はいたるところが切り取られており無残な姿を晒していた。彼の家族も同様であった。サフルは直ぐ様自宅へと急ぐ。自分の家族の安否が危ない。一刻も早く帰らねば。道中で火の手の上がる建物や沢山の群衆の怒号などが聞こえた。帰宅したサフルは家中を隈なく探したが妻君も子供も見当たらなかった。幸い、家の中が荒らされた形跡はなく、おそらく何処かへ非難したのだろうと考えた。

サフルの家は街外れにあったがいつ暴徒が襲ってくるやも分からぬ。一先ず役場へ引き揚げる事にした。役場は先の反省から防御が固められており、常駐の水を持つ者が警護をしていたのでかの国で一番安全な場所であるだろうとサフルは考えた。妻子も恐らくそう考えたのであろう。黒煙の上がる街を背に役場へ急いだ。

役場へ着いたサフルはまず、ユヌラや古い役人たちに状況を報告した。どうやらまだ役場までは被害が及んで無いらしい。しかし、サフルやユヌラの家族の消息も未だ掴めていないと言う。更に朝から役場に来ていない奴隷も沢山いると言う。彼らは一体……。考えたくは無かったが、今は冷静に状況を見極めねばならない。水を持つ者たちを役場に集める事にし、彼らに役場の守備と状況の偵察を任せる事にした。それまでに暴徒が押し寄せない事を祈るばかりだ。

永遠ともとれる時間ののち、水を持つ者の騎兵隊は役場に集結したのだが、随分と数が少なく見えた。どうやらここに来るまでに暴徒鎮圧に回った者がいるらしい。彼らによると、外国人と見られる者が暴動を煽動しているらしい。国境の守備は万全であったが、唯一商人だけは水を持つ者の監視下で入国を許されていた。彼らの中に内通者が居たのであろうか。とにかく、暴徒が役場に来るのもどうやら時間の問題のようだ。水を持つ者には守備隊と偵察隊に別れて各々の出来る限りを尽くしてもらうよう頼んだ。

サフルとユヌラは古い役人や水を持つ者と共にこれからの作戦を練っていた。時間も情報も無い上に数に於いても不利な状況下での作戦立案は困難を極めた。まず、暴徒の狙いは何なのであろうか。人々を殺戮し、国土を破壊して彼らは何を得ると言うのだ。一説によると外国人が暴徒を焚き付けているそうだが、どのようにして口説いたのであろうか。確かに市民は水の配分が増えた事に違和感を感じていた。しかし仮に古い役人が横領を行っていたとして今更どうしようと言うのだ。その反動にしてはあまりにもやり過ぎだ。

役場の中で話し合いを続けていると偵察隊が戻って来た。どうやら内外からの圧力に耐えきれず国境警備線は崩壊した様だ。幸い人的被害は少なく、警備に当たっていた者たちは鎮圧隊と守備隊と偵察隊に別れて奮闘していると言う。しかし混乱に乗じて外国兵が国内に侵入しつつあり、最早こちらの劣勢は決定的なものとなりつつあった。鎮圧隊は暴徒に対抗する事を諦め、人々の救援に当たっていると言う。彼らに妻子が救われている事をサフルは天に祈った。

状況の報告を受けて再び役場では話し合いが始まった。市民たちが外国人の煽動で暴徒化し、更に外国兵も侵入していると言う。最早陥落は免れぬ。水を持つ者と古い役人達は亡命を決意した。しかし、家族との連絡が取れぬ者たちは難色を示した。亡命という決断に異議は無いが、家族の無事を確かめたいと願う者が殆どであった。サフルとユヌラも同様である。そこで鎮圧隊の救援を待ちつつ偵察隊は守備隊に合流し、ギリギリまで役場で粘る事になった。その間に他の者は国外への脱出経路を考える。今は皆、唯々親族の安否を祈るばかりであった。

日が落ちて暫くののち、鎮圧隊が戻ってきた。街の火の手が彼らを照らしたので敵では無い事が明らかであった。帰って来た鎮圧隊は少なかった。馬を失っている者もいれば、手足の欠けた者もいた。役場に残っていた人々は一目散に自分達の家族が帰って来たかを確認した。サフルとユヌラも必死であった。サフルは叫んだ。妻子の姿を見つけたのである。だが彼女らは酷く弱っており、一刻も早い治療が必要であった。妻君は腕や頭、下腹部から酷い出血をしており直ぐ様手当にあたった。子供も腕が折られていた。

サフルは激怒した。

「一体我らが何をしたというのだ。人々の為に働いて来たでは無いか!彼らは何を知っているというのだ!一体誰が何の為にこんな事を…。」

「あなた、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…。」

「喋ってはいけない。直ぐに良くなるから今は目を閉じてじっと休むのだ。」

「あなた…、ごめんなさい。」

「我らは大丈夫だ。だからお前も大丈夫。安心しろ。心配する事は無い。」

「ありがとう…。」

一行は亡命の支度を始めた。傷ついた者はなるべく長い間安静でいられるよう、無事に帰って来た鎮圧隊は再び街の方に向かった。彼らの伝令の帰ってくる時が潮時だ。その時は覚悟を決めて役場を脱するしかない。サフル達は再び天に祈った。