脳内模写

言葉で描ける考え事の断面。

水の奴隷 中編

ある国で奴隷として暮らしていた男、サフル。彼の国では水が大変貴重な資源であり通貨であった。人々は様々な階級に分かれてそれぞれの仕事をこなし、平和な暮らしを送っていた。しかし、戦争が全てを変えてしまった。今まで水の管理を行っていた役人の殆どが死に絶え、人々は今まで経験したことのない他階級の仕事を余儀無くされた。

人々は困惑した。今まで戦争を行なってきたのは貴族、すなわち水を持つ者だけだ。国内に敵の侵入を許すなど未曽有。かの国の人々は外国の存在を知らないわけでは無かったが、忘れるほどに長い時間を安寧に過ごしていた。皆が各々の仕事を行い、一日の終わりに役人から水を得る。草木畜生が育ち、人々の糧となる。そんな生活を営んでいた彼らにとって外国兵の襲来は予想もしない事態だった。

水を持つ者たちの戦線に穴が空き外国兵の侵入を許した後は、瞬く間に事が進んだ。侵入した外国兵は数日も経たないうちに国の中央部まで到達し、役人のほとんどを殺害もしくは、捕虜として連れ去ってしまったのだ。そのときサフル達、水を運ぶ奴隷たちには何が起こったのか分からなかった。見慣れぬ衣装を纏った一団が役場に押し入り、大量の荷物を持ち去って行く様子を見ているしか無かった。とにかくただならぬ事態になっていることは分かったので、流石に仕事の手も休めてその様子を皆で見守っていた。

これまで役場に入ったことのある者といえば、役人と水を持つ者たちだけであった。奴隷は役人に水を渡すところまでで終りである。運ばれた水は役人が配分し、それをサフルたちとは別の、その仕事を任された奴隷たちが各戸へと運ぶのであった。水を持つ者たちは馬を連れて役場を訪れ、望んだだけの水を受け取るのであった。馬は大量の水を使うので、水を持つ者しか所有は許されていなかった。馬たちは水を持つ者の手足として働いたので、彼らは奴隷を持つことがなかった。水を持つ者たちは同時に騎兵でもあり、彼らは戦争において巧みに馬を用いてかの国を守っていた。

しかし今回、かの国は敗北を喫した。役人の殆どが姿を消した上に、水を持つ者や市民にも被害は及び人々は混乱した。が、治安は保たれていた。そうは言っても時間は無い。不要な水の貯蓄は重罪であったので、どの家庭の水も数日以内に尽きてしまう。事変が起こったその日に水を持つ者たちは、外国からの次の襲撃に備えて幾人かの奴隷を買い取り国境の守備に務めた。政治家たちはこれからの国の行く末について知恵を出し合った。そうして、まずは水を持つ者の指導の元で奴隷が役場の復旧にあたり、政治家がその様子を見学し、これからの役人の復興の知恵にするというものであった。僅かに残された役人は皆が重傷を負っており、回復までは治療に専念する事となった。

サフル達、水の運び人はついぞ役場の中へ入ることとなった。一行は数十名の水を持つ者、同じく数十名の政治家、そして数百人の奴隷で構成されており、幾つかの集団に分かれて役場の惨状を目の当たりにした。至る所に死者が打ち捨てられており、そのどれもが体の一部を切り取られていたため中は血の海で臭気が充満していた。何人もの役人が血で文字を書き記していたが、サフルたち奴隷には読めなかった。政治家や水を持つ者たちによると、家族へ宛てた遺言や役場を守れなかったことへの後悔と謝罪が多くを占めているらしい。奴隷たちはまず、絵や歌を作りこの有様を記録した。その間に水を持つ者と政治家は役場の隅々を調べて回った。

役場の建物は岩山をくり貫いて作られており、内部は蟻の巣の様になっていた。入り口付近の部屋には様々な大きさの壺が並べられており、恐らくそれぞれの身分に応じた大きさの物が用意されているのであろう。次に進んでいくと、かの国を模したであろう彫刻の置かれた部屋が現れた。様々な形をした粘土が貼りつけられており、恐らくこれを使って水の配分やらを決めていたのだろう。しかし役人がいない現状でその意味を完全に理解することは適わない。加えてこれらの部屋々々は酷く荒らされていた。彫刻は砕け散り、粘土も押し潰されたり散乱したりという様子であった。初めて見る役場の様子にある者は感心し、ある者は嘆いていた。水を持つ者であっても役場の深部を目にすることは無かったのである。

奥に進むに連れて一行は様々に保管されている水を見つけた。大抵は池に貯められていたが小川や滝のある部屋もあった。とうとう役場の最深部まで達すると、そこには広大な荒野への出口があった。一同はヒビ割れて乾ききった荒野とそこに点在する白い山を見た。近づいて調べて見るとどうやら細かい砂の様なもので出来ているらしい。水を持つ者の一人が言った。

「私はこれに見覚えがある。外交に使うものだ。この砂と様々な品物、書物、奴隷を交換する。話し合いがまとまらない場合は戦うのだ。」

その日の調査はこれで終わった。サフルは家に帰り妻君と話をした。

「私の持ち主も水が尽きそうで頭を抱えていたわ。」

「でも役人がいなくなっては水が貰えぬから仕方ない。今日は水運びをせず役場の復旧に向かったんだが、中は荒れていて我らにはどうすれば良いのか見当もつかなかった。」

「そんなに酷い有様だったのね。それにしても早く水が配られないと。私たちの飲む物ももうじき無くなるわ。」

「そうだな。水を持つ者や政治家は明日から本格的な修復に取り掛かると言っていた。恐らく我らの中から仕事を変える者も出るだろう。」

「あなたが仕事を変えるの?そんな馬鹿なこと。」

「まだどうなるかは分からないが、我らに決められる事はない。言われた通りに働くだけさ。」

翌日、水を運ぶ奴隷たちが集まり復旧作業に取り掛かった。死者を埋葬する者、破壊された神殿を修復する者、その資材を運ぶ者、仕事は沢山あった。しかし早く水を配れる様にしないと人々の皆が困る。サフルたちは急いだ。

三日経ち、何人かの役人が話を出来るようになったので、水を持つ者と政治家は役人と話し合った。役人はあの役場の中で飲める水、畑に撒く用の水、畜生にやる水、白い砂を作っていたそうだ。その為に様々な行程を要するので人手がいる。問題はどうやって失われた人員を補填するかだ。水の扱い方は役人が指示できるが、それを扱う者の頭数を揃えねばならない。そこでこの国で一番人数の多い奴隷を使うことが決められた。

水の運び人を始めとした様々な奴隷が集められ、新たな役人見習いとして働くことになった。サフルを含む三名の奴隷は白い砂を作る者として働く事になった。