善悪(快不快)/多面性/物事の性質
物事の捉え方についてのメモ。
物事は多面体で、それ自体は善も悪も持っていないと考えている。
善悪はあくまでも誰かの主観の中にある。
そしてとても相対的なものだと思う。
善が無いと悪が成り立たないし、悪が無いと善も定義できない。
更にどんな物事にも善と悪の意味を与える事が出来ると思う。
物事自体が持っている性質とは
他から与えられた何らかの作用に応じて
他に対して何らかの反応を返すことに尽きると思う。
どの様な作用にどの様な反応を返すかが物事の持つ基本的な性質であり、
物事は複数の物事を内包でき、その関連性や複雑さが二次的な性質になる。
そして主観がその性質を認識したときに意味付けが為される。
意味とは相対的なもので、他と比較してどうであるかでしか定義できない。
例えば石ころ。
硬さを持っている。硬さとは触れられた事に対する反応であり、スポンジより硬いと言うように相対的な定義になる。
灰色だったとすれば、それは見られた事に対する反応で、白より暗く黒より明るく青や赤より彩度で劣る。
例えば人間。
もう書くのが面倒臭くなってきた…。
とにかく色んな物事を内包してそれらの関連性や複雑さという性質を持っている例として挙げたかった。
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思いつくままに書き殴ってみたら二段落の善悪論が浮いている…。
善悪は主観が与える意味ですね。
この記事は次の「感情ってどんな奴なんやろう」を書いてる途中に思い浮かんだ事をまとめて先に仕上げた物なのでまとまりがない。
とにかく物事には作用に対する反応という性質しかなく、
性質に対して主観が相対的な意味を付加すると言う事を述べたかったのです。